金の亡者

〜その1〜 囲い込み

まだ仕事を持っていないが、所帯を持とうとした人がいた。

しかし、まだ自分一人では生計を立てる力がないので、所帯を持つにはどうしたらいいかと考えて言った、

「そうだ、自分にはまだ十分に生活力がなくて不安なので、まずは誰かの役に立ってお世話をできる人になろう。そして将来、自分でしっかり生計を立てられるようになった頃には、お世話できることを生かして、家族やその親兄弟たちに経済面でも介護や介助面でも安心して暮らしてもらえるようにしよう。」と都合のいいことを言っていた。

 

そして街を歩き回り、人々のうちに病のある人がどこかにいないかと聞いて周り、見つけた後に呼び寄せて家族になろうと言い、その親族の遺産を目当てにして囲い込みをした。

当人は仕事も一向に一人前には出来るようにならないし、その言い訳で家族のお世話をしているんだと言い、家族の面倒を見たように他人に見せかけて、実際は何も役には立っておらず、むしろ病のある家族を外に見せびらかすために連れ出して疲れ果てさせて、日頃の鬱憤を八つ当たりしていた。

それで結局、家族が病で亡くなりそうになると、他の家族に全く会わせないようにし、遺産の相続がすべて自分に入るように仕向けた。

 

その人は最初から働く気はなく、それならお金を騙し取るのも捕まってはいけないと考え、病の人を家族に迎え入れ、面倒を見ると言って、働かず、捕まらず、確実に搾取できる方法だけをずっと模索していて、家族になった人たちは騙されていたことに、囲い込みをされてから初めて気づいたが手遅れだった。

その人は、人の顔でもなく、目でもなく、容姿でもなく、病自体でもなく、遺産と病を兼ね備えているかどうかだけを嗅ぎ分けて、金品と病を両天秤にかけていた。

つまり、いずれ遺産が入れば働かなくていいし、病で世話がかかっている間は、働せもせずに周囲には自分が面倒見のいい善良な人に見せられると考えていた。

 

〜その2〜 無節操

ある夫婦が暮らしていたが、夫も妻も互いのことを尊重することなく過していた。

家族として一緒にいる意味はないと言って、無思慮に扱っていた。それでもお互いに相手の金銭や世間体は必要だと考え、罵り合いながら一緒に暮らすことは続けていた。

 

夫婦は日に日にお互いのことを嫌悪するようになっていたので、憂さ晴らしのためにそれぞれ不貞を働こうと考えた。

そして、それらしい人を見繕って、自分へ気を引くために派手に着飾り、財産もあると嘘を言って、自分をよく見せて、それらしい人たちに近づいた。

 

夫婦はお互いが誰かを見繕っているのを怪しんで、今度はお互いを疑い合い、以前に増して罵り合うようになった。するとそれを見て、一緒に暮らしていた子どもたちは嫌気が差して、一人ずつ順番に家から出ていくようになった。

子どもたちも嫌気が差したところに乗じてそれぞれ、遺産目当てになる人、世間体になる人、自分の世話をしてくれる人、自由気ままにできる人を探して、各々自分に合った場所へ移り住んだ。

そののち、夫婦それぞれと仲良くしていた友人たちも、彼らが自分の目的のために他人を利用しようとする考え方にうんざりし、夫婦から離れていくようになった。

 

最後に、夫婦のことを心配してくれる人が人間関係で残ったが、夫婦はその人に言った、

「夫婦なのに嫌悪し合ってうんざりしています。だから自分の心を保つために、それらしい人を見繕ったりして努力しているのに、今度は子どもたちが好き勝手に離れていき、友人までも私が大変なときに限って離れていき、みんな自分のことばかり考えて、心配をかけます。」

 

心配してくれる人は言った、

「川の水はどこからともなく現れているのではなく、おおよそ山水から来ていて、あちこちの山水が集まって川となっている。あなた方夫婦は互いに自分の言い分を押し付けて自分勝手に暮らしている。それで周りの人たちまでも真面目でいるのにうんざりして、自分勝手に振る舞うようになった。夫婦であるのに、心の中では憎み合ってバラバラなら、周りにいる人らもバラバラになっていかないだろうか。家族の心配よりもお金の心配の方が大事だから、人を損得勘定でしか見れなくなっている。お金は自分に愛情を持ってくれないのを分かっていて、それに心を奪われておきながら、他人には自分に愛情を持って欲しいと言っている。あなた方が互いに憎み、その瞳に映っている亡者そのものが、自分の中にある。」

 

〜その3〜 専業無職

おじいさんは芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に、かと思いきや、おばあさんは家で何もせずくつろいでいた。おじいさんが疲れて帰ってみると、家がとても散らかっていたので、おばあさんの具合でも悪いのかと心配して、家の片付けをした。おばあさんは何も言わなかったので、また次の日におじいさんは芝刈りに行って帰ってみると、昨日よりも家が散らかっていた。それでおばあさんに具合は大丈夫かと聞くと、おばあさんは言った、

「わたしは何もせず毎日横になっていると決めたので、昨日みたいにおじいさんがいつも家を片付けてくれないと、わたしの具合は悪くなりますよ。」

おじいさんは唖然として、家の片付けをやめると、おばあさんは本当に具合が悪くなって、余計に何もせず怠けるようになった。

 

おじいさんは人当たりがよかったので、自分が齢を重ねて亡くなった後、おばあさんが残されたら大丈夫だろうかと心配をした。そして、いざというときのための身辺整理をしていると、見かけない書類が出てきたので見てみたところ、それはおじいさんが亡くなった後に、代々受け継いだ土地や財産を全て売り払う準備資料と、一人で都心部に快適に過ごせる駅前マンションの物件資料だった。

 

さすがのおじいさんも怒り、おばさんにこの書類はどういうことだと問い詰めると、おばさんは言った、

「おじいさんに何かあったら、面倒を見るのはわたしなんですよ。自分の立場がわかってますか。なんならおじいさんに介護が必要になる前に、マンションに引っ越してもいいんですよ、わたしは別に」と言った。

 

おじいさんは、自分の命も財産も、おばあさんの手中に収められていると理解し、おばあさんの言いなりなる人生に堕ちた。また最後の抵抗でおじいさんは、おばあさんの親戚にそのことを打ち明けると、すでにその親戚らも同じように命も財産もおばあさんの手に堕ちていた。

 

おばあさんは普段何もせず横になっているようで、身内に対して誰よりもしたたかで計算高く、長い期間をかけて悪巧みを計画していた人だと知ったときには、おじいさんはすでに手遅れだった。

おばあさんは、おじいさんに対しても親戚に対しても、身内に対して、「物言う道具」(つまり奴隷)のような扱いをすることを心に秘めて、その時を待つ人だった。

〜その4〜 棚上げ内弁慶

子どもの世話と、夫の世話と、親の世話をしている人がいた。日々の仕事もひと休みする暇もないほど仕事量が多く、それ以外の時間は家族の世話もあったので、とても忙しかった。それで自分の具合が悪くなり、無理がきかなくなってきたので、自分の世話をしてくれる人を探した。

それほど忙しいなら助けようと言ってくれた親切な人がいた。

するとその忙しい人は、言った、

「それは本当にありがとうございます。子どもは結婚しても未だ子どものままで経済的に自立しておらず、夫も日銭を稼ぐような仕事しか持っておらず甲斐性がなく、親は惚けているのか身体が悪いのかよく分からなくて、とにかく手と金がかかるんです。仕事場では会社の利益のためにと限界までこき使われ続けています。わたしが仕事も世話も一生懸命しなかったら、みんなの生活がどうなることかと思います。それなのに、みんなはそれぞれが自分勝手なのです。」

 

そして、忙しい人は自分の世話だけでなく、子どもと、夫と、親の世話と、自分の仕事と、最後に金の工面までその人に押し付けようとした。

それで親切な人は、そこまでは出来ませんよと言うと、忙しい人は言った、

「わたしの子どもと夫と親と仕事仲間を連れて来て、お前を袋叩きにしてやる。わたしを裏切った報いを受けさせてやる」と言った。

そして、子ども、夫、家族、仕事仲間を引き連れて来てわめき散らした。

 

助けようとした人は忙しい人に言った、

「あなたは家族や仕事の心配もしておらず、自分の心配をしているわけでもなく、目に見える形あるものに取り憑かれて、盲信している。つまり表向きは配慮や気遣い、思いやりがあるように見せかけているだけで、心の内は無神経と他人への悪口でいっぱいで、好んで他人を見下している。それはあなたが、他の何ものでもなく、その価値すべてを金にしか見出していないからだ。金さえあればすべては何とでもなると思っているし、金がなければすべては無意味だと他人にも自分にも思っている。人に対しては疑念を抱いておきながら、金のことは無意味に盲信している。」

 

また引き連れの人らにも言った、

「あなたたちが、この金を盲信している人が言っていた自分勝手な人たちか。自立せず、甲斐性がなく、惚けており、金と手がかかり、利益のために人をこき使う人たちだと、この人からよくよく聞いている。わたしにわめき散らす前に、まずこの人を叱る人はいなかったのか。また裏でいつも陰口を好きに言い回っていることさえ気づかなったのか。」

引き連れの人らはそれを聞いて忙しい人に激しく怒り、内輪揉めを始め出した。

そして助けようとした人にうんざりして嫌気が差したので、彼らは言った、

「あなたとは今後二度と話したくないので、わたしたちと関わらないでください。」

そして、その場から彼らは立ち去った。

 

22.5.21